サッカー中の息子を見ていて気になったこと
サッカーをしている息子を見ていて、最近気になることがある。
試合中、ボールをなかなか蹴らない仲間の子に、
「早くして!」と言ったり。
自分よりできない子に対して、少し見下したような言葉を使ったり。
「僕のほうができる」
「なんでそんなこともできないの?」
そんな言葉が出てくることがある。
私は正直、怖くなった。
このままだったら、人を傷つけてしまうんじゃないか。
そして、敵を作りやすい子になってしまうんじゃないか…と。
そんな言い方しちゃダメ!では終われない
ここで親としての葛藤ですよね。
もちろん、その場で注意することはできる。
「そんな言い方しちゃダメ」
「相手の気持ちを考えて」
「そんなこと言ったら嫌われるよ」
そう言うこともできる。
(私はそれを言いがちだ…。)
でも、それだけで本当に伝わるんだろうか。
息子の中に、
「人に優しくしなきゃ」
という、ルールを増やすだけにならないだろうか。⸻
私は状況を言葉にすることから始めようと思った
例えば、
「早くして!」
と言ったら、
「早くボールが欲しかったんだね。」
とまず息子の気持ちを言葉にする。
そして、
「でも、あの子はまだどうしたらいいかわからなかったのかもしれないね。」
と、相手の視点に目を向けてもらう。
そして、
「じゃあ、どう言ったら伝わるかな?」
と考えさせる。
叱るより、視点を増やす。
でも、一番変えたいのは息子じゃなかった⸻
そして、考えているうちに気づいた。
「私自身はどうなのよ。」と。
私だって、自分の思い通りにならないとイライラする。
「早くして」
「なんでできないの?」
「もういいよ」
そんな言葉を、息子に向けてしまうことがある。
私が自分の都合を優先している姿を見せながら、
「あなたは相手の気持ちを考えなさい」
と言っても、説得力がない。
「優しい子」にするのではなく「気づける子」に
私が息子に育ってほしいのは、
いつも人に優しくできる完璧な子ではない。
自分中心になってしまうこともある。
イライラすることもある。
人を傷つけてしまうこともある。
それでも、
「あ、今の言い方は相手が嫌だったかもしれない」
と気づける。
「ごめん」と言える。
次はどうすればいいか考えられる。
そんな子になってほしかったんだ、、と。
「サッカーだからこそ学べる」
サッカーって、実は人との関わりを学ぶ場所なのかもしれない。
自分がボールを持ちたい。
でも味方にもボールを渡さなければいけない。
自分は早く攻めたい。
でも味方はまだ準備できていない。
自分より上手な子もいる。
自分より小さな子もいる。
うまくいかないこともある。
思い通りにならないこともある。
その全部の中で、
自分と相手の両方を見る練習をしている。
そう思ったら、
息子の言葉をただ「直さなきゃ」と思うのではなく、
「今、学ぶチャンスなんだ」
と、思うし、そう思いたい。
そして最後に、まずは私から。
息子に「相手の気持ちを考えて」と言う前に、
私自身が相手の気持ちを考える。
「早くして」と言いたくなったとき、深呼吸ー。
自分の都合を押しつけそうになったら、
「今、私は自分中心になってないかな」と考える。
息子が人との関わり方を学ぶ横で、
私も一緒に学んでいきたい。
子育てって、
子どもを変えることじゃなくて、
親子で一緒に変わっていくことなんだろうと思う。
ぐんぐん成長する子供の横で、
私もサポートできる様に一緒に成長していきたい。
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